第46回入賞作品 中学校の部
継続研究奨励賞

汽水に生息する希少トンボの不思議

継続研究奨励賞

山口県宇部市立楠中学校 2年
紙村 法衣
  • 山口県宇部市立楠中学校 2年
    紙村 法衣
  • 第46回入賞作品
    中学校の部
    継続研究奨励賞

    継続研究奨励賞

1.観察の動機

 厚東川河口域の竹ノ小島周辺のヨシ原は、ベッコウトンボとヒヌマイトトンボの両種が生息する国内唯一の場所だ。両種の観察を通じて、汽水域に生息する絶滅危惧種の不思議さを実感し、生息地の保全のための助けになればと思った。

2.観察の方法

 ベッコウトンボは絶滅危惧種Ⅰ類であると同時に国内希少野生動植物種に指定されているため、一般人の捕獲は禁止されている。環境省より一時捕獲の許可を受けた父を頼りに、私はもっぱら本種の見つけ役と記録係になった。

3.生息環境

 竹ノ小島周辺のヨシ原は、かつては本土から離れた孤島だったが、堤防がつながり、干拓面積が拡大して現在に至った。東側と南側に隣接する厚東川と馬渡川は、潮位差が4mにも達し、この堤防から滲出する海水により汽水域が出来あがっている。ヨシ原は中川調整池を中心に4つに大別され、これらをSt.Ⅰ~Ⅳに区分して調査した。St.Ⅰ~Ⅳにおける塩分濃度(2004年5月30日~7月31日、ほぼ1週間おきに測定)は0.02~2.52%で、秋から冬は降水量が少なく、どの測定地点でも塩分濃度が上昇した。


手前が海水の湧出口。中央が鉄塔西湿地。左奥が台替地。

4.ベッコウトンボ

〈1〉竹ノ小島における確認状況

  当地における初めての記録は2001年。代替地周辺のみで調査が行われ、合計20頭(匹)の個体が確認された。02年と03年の調査では、いずれも5月の連休から10日ごろに確認個体数のピークを迎えた。顕著な違いは初見日で、02年は4月21日に記録し、未熟個体も5月18日まで確認した。しかし03年は5月3日と約2週間も遅く、さらに初見日にいきなり成熟個体が現れ、未熟個体もあまり確認できなかった。これまで未熟個体が利用すると考えられてきた草地以外に利用草地があるのではないかと、ヨシ原内も探索し、調査票も見直した。その結果、確認個体の約10%に当たる7頭が、従来の「未熟及び休止個体は池周辺部の草地を利用する」という概念に該当しない個体であることが判明した。他の生息地では見られない、水位の変動が非常に激しい竹ノ小島特有の行動を示す個体とも考えられる。


初見日に確認された成熟したベッコウトンボ♂

〈2〉2004年の確認個体数激減について

 04年は結局1頭も確認できなかった。壊滅的な個体数の減少と言わざるを得ない。激減の要因は、第一に気象の変化が考えられる。前年は本種の成虫活動期の4~5月は天候不順で、この状態が8月まで続き冷夏となった。9月からはほとんど雨の降らない状態が続いた。ヨシ原の水位の低下、乾燥に伴う塩分濃度の上昇などが、塩分耐性の低いトンボの幼虫の死亡、減少に関与したと思われる。本種と同属のヨツボシトンボは2頭しか確認できず、塩分耐性の低い属と考えられる。
  次の要因はヨシ原や周辺部草地の植生の変化だ。本種の縄張り活動は主としてヨシ原内の澪筋、ヨシがまばらな小水面などの水域付近で見られるが、年々ヨシの密度は高くなり、陸地化現象も見られ始めた。本種の未熟個体やねぐら個体が利用していた周辺部草地のブッシュ化も進んでいる。

〈3〉2005年の調査から

 消滅が危惧されたが、テネラルな個体を含め18頭が確認された。メスも半数以上で交尾、産卵個体も初めて確認できた。

〈4〉竹ノ小島生息地の重要性について

 当地から南方の「西沖干拓」では、今年初めて本種(18頭)が確認された。西方の「前開作池」でも今年50頭が確認された。ベッコウトンボ保護を考える上で、当地を含むこれら生息地が重要な三角地帯を構成している。

ヒヌマイトトンボ

 竹ノ小島では1995年に発見された。当地では通常のメス(通常型メス)に混じって、オスと全く同じ体色をしたメス(同色型メス)がかなりの割合で見られる。

〈1〉竹ノ小島における個体数の推移

 04年は4地点(St.Ⅰ西側流水口付近、St.Ⅲ鉄塔西湿地、St.Ⅲ代替地北東角、St.Ⅲ代替地南西角)の20m直線区間における確認個体数をカウントした。
 初見日は02年が5月25日、03年が5月21日、04年が5月23日、05年が5月21日だが、実際はもう少し早く出現していると考えられる。活動時期が重なるベッコウトンボの観察視線では、水面すれすれで活動している本種を見つけることは不可能だからだ。多くの個体が確認されたのは6月半ばから7月半ばまでで、梅雨が明けて夏本番になると減少する。日周活動調査(04年6月12日)では、午後の個体数が早朝及び夕方に比べて減少している。気温が上昇する昼過ぎには奥深いヨシの陰を利用しているものと考えられる。

〈2〉ヒヌマイトトンボの生活史

羽化:確認個体数のピークでもある6月半ばから7月半ばに最も多く確認された。03年7月28日の観察では、裂開してから飛び立つまでわずか50分しか要せず、短時間で羽化を完了させた。
体色の変化:羽化直後の個体はオス、メスともに全身が淡い土色で、時間の経過とともに発色してくる。同色型メスの体色変化は、オスと同様と思われる。
生殖活動:自分の縄張り範囲に他のオスが侵入してくると、本種オスは静止している相手オスの胸部めがけて頭から体当たりして追い払う。ともに飛行中の場合は、静止しながら相対峙し、ともに頭から何度も突っ込んで、相手を退散させる行動が見られた。
交尾:午前中を中心に行われ、午後からはほとんど目撃がない。04年7月の調査では、交尾ペアの初確認は午前5時6分。8日間の調査を通し、本種の交尾は相手の存在が確認できる明るさになると始まると考えられる。
産卵:交尾ペア(77組)は午前中に、産卵メス個体(15頭)の8割が午後に観察された。オスの交尾欲求が午後、急速に衰えるからではないか。メスの産卵は午前中にも3例あり、メスの産卵欲求は終日継続している。オスが午前中のメスの産卵行動を阻害する要因となっているのかもしれない。
天敵:本種の捕食例が最も多かったのがクモ、次いでカマキリ。同じ仲間のアオモンイトトンボによる捕食も観察され、本種が追われて水面すれすれを猛スピードでヨシ原の奥へ逃げ込む姿もたびたび観察された。
個体の拡散:個体数の増加に伴い、かなり広範囲に個体の拡散が起きている。
代替地成功の要因について:宇部湾岸道路建設に伴い、竹ノ小島のヒヌマイトトンボが生息するヨシ原のミティゲーションとして、代替のヨシ原が作られた。代替地の例は国内で他にもあるが、成功例は当地だけ。成功の要因の第一は、草地とヨシ原の連続性を保つよい位置に代替地が作られたこと。第二に代替地への水の供給が安定していたこと。さらに従来の生息地における発生量が多く、大量の個体拡散、短期間での定着を可能にしたとも思われる。

観察のまとめ

 ヒヌマイトトンボは大阪府以西では、淀川河口域、兵庫県城崎市、山口県の瀬戸内海沿岸、大分県宇佐市、長崎県対馬でしか生息地が見つかっていない。これはヨシ原の汽水域にのみ生息するという環境選択性の高さが多分に影響している。ベッコウトンボにしても、本来の抽水植物の繁茂した淡水の池沼だけでなく、竹ノ小島周辺でも見られたということは、それだけ生息に適した環境がなくなっていることの裏返しだ。当地には汽水性の絶滅危惧種の水生植物カタシャジクモやカワツルモも生育するが、汽水域での調査は不十分だ。未知の生物もかなり存在するのではないだろうか。

指導について

指導について紙村尚志

 娘3人と共にトンボの生態観察を行うようになって今年で13年になりますが、今回のテーマで最も苦労したのが生息環境の評価法です。今回の調査箇所は潮位差が4mにも達する瀬戸内海に面していて、樋門および排水機場から一度に大量の水が排出されるため、水位の変動が非常に大きいことが特徴です。また水位変動に伴う塩分濃度の変動も激しく、調査では水位と電気伝導計による塩分濃度の測定をできるだけ取り入れ、考察では年間の気象データも併用しました。  汽水に生息する生物の研究はまだまだ不十分で未解明な部分が多いというのが実感です。今回のこの調査データが国内で唯一、ベッコウトンボとヒヌマイトトンボが共生し、同様に国内で唯一、ヒヌマイトトンボの代替地が成功したヨシ原の保全の一助となれば幸いです。娘も単なる調査データの蓄積だけでなく、環境という広い視野でとらえてくれるようになったと思います。

審査評

審査評[審査員] 高家博成

 この作品は6年間にもわたって昆虫の飼育観察を続けるかたわらに、野外での観察も行い、自然環境の人為変化とそこにすむ稀少なトンボの発生の消長を記録し続けてきたものです。
 毎日の環境の定点観察の記録から、トンボのマーキング(印つけ)観察法も行ったりして、なかなか熱心に研究を続けている内容で高く評価されました。
 この結果、条件がよければ、稀少な種類も一気に増えることも観察されています。その条件とは、生物の種類で異なるわけですが、多様な環境が残されれば、多様な生物が残されるわけです。
 紙村さんも同じ考えのようですが、新しく環境を創造することも必要でしょうが、できることなら、今生存している生物を大切に守っていきたいものですね。なぜなら、複雑な自然界の中で現に生きているのですから。

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