研究の動機
近年、鉄ほど頑丈だといわれるクモの糸が、新素材として注目されている。ただ、クモの糸を集めて加工するには数年単位の時間がかかり、共食いをするクモの飼育は難しい。ある企業は、飼育に適したカイコにクモの遺伝子を組み込み、カイコからクモの糸の代用品を得るプロジェクトを始めたという。しかし遺伝子操作をしたカイコの糸に、クモほどの強度はなかったそうだ。
その理由について、カイコの摂取するたんぱく質の量が、クモのそれに及ばなかったからではないかと考えた。クモのほとんどは肉食で、定期的に動物性たんぱく質を摂取する。クモの糸もたんぱく質でできており、糸のたんぱく質構造はカイコよりも高度だ。カイコがクモの糸に近い強度の糸を出すためには、餌の桑から得られるたんぱく質では不十分なのではないか。この仮説が正しいなら、遺伝子操作をしていないカイコでも、たんぱく質を多く摂ることでより強い糸を出すようになるはずだ。
そこで、入手できる通常のカイコに、たんぱく質を多く与えて飼育してみようと考えた。その結果、出す糸の強度に影響が出るのかどうか、調べてみる。
たんぱく質の選別
カイコが食べる桑の葉は、それ自体が高たんぱくなので、比較対象のカイコに大きな差を持たせるには、大量のたんぱく質を摂取させなければならない。余分なものが含まれず、乾燥しているという点から、プロテインなどの粉末を使うことにした。また、カイコのサナギの粉末も使い、人為的に共食いをさせてみたいと思った。カイコの多くは繭を作れば殺されてしまうが、サナギには豊富なたんぱく質が含まれ、昆虫食としての価値も見いだされている。同種の体に蓄積されたたんぱく質なら、カイコが消化しやすいとも考えた。
研究の方法
餌に加えるたんぱく質は3種類、①大豆プロテイン(以下「大豆」)、②鶏のささみの乾燥粉末(以下「ささみ」)、③釣り餌用のさなぎ粉(カイコのサナギの粉、以下「サナギ」)と決めた。添加物がないものを用い、1g当たりのたんぱく質含有量は大豆が0.863g、ささみが0.841g、サナギが0.349g。各粉末を、シルクメイトという粘土状の養蚕用人工餌に混ぜて与える。桑の葉を餌にしていたカイコはシルクメイトを食べないそうで、カイコを卵から孵化させ飼育する必要があった。
卵を購入し、ついてきた説明書を参考に飼育環境を決めた。濡らしたキッチンペーパーを敷いた大きいシャーレの中央に卵を入れた小さいシャーレを置き、穴の空いたラップをかける。カイコが孵化したら、よったティッシュで餌の上にやさしく移動させる。少し大きくなったら湿度を保てる環境で、大きな箱などに入れて飼育する。カイコが大きくなると脱皮のために動かなくなる「眠」という期間が定期的に訪れるが、眠に入ったらできるだけ動かさない。さらに大きくなると、それまでにため込んだ尿を排泄し、あたりに糸を散らしながら上へ上へと入れ組んだ足場を探しに動き始める。これを上蔟(じょうぞく)というが、この頃にまぶしという格子状の足場が入った飼育容器に入れる。まぶしのなかで糸を吐き始めて1〜2日が経つと、繭が形成され始める。そこから1週間ほどで繭が完成するため繭を収穫し、冷蔵庫のチルド室で保管する。繭のなかのサナギは、この時に死亡する。

第1実験
室温27℃、電灯のついた部屋で、2025年6月29日から実験を始めた。購入したカイコの卵を18〜19粒ずつ3グループに分け、孵化させる。3グループのカイコにそれぞれ大豆、ささみ、サナギを加えた餌を与え、どの程度の栄養負荷に耐えられるのか確かめた。シルクメイト15gに対し、3種類の粉末を1g、2g、3gと増やしながら与えて飼育し、その生育状況を観察した。
第2実験
第1実験を追いかけるように2025年7月9日から、室温27℃、電灯のついた部屋で、購入した卵を18粒ずつの7グループに分けて実験を始めた。第1実験の餌は単純に粉末の質量を揃えたが、第2実験ではたんぱく質の含有量を揃えてシルクメイトに混ぜる。この頃、第1実験のカイコはシルクメイト15gに対し粉末2gの餌を食べていたので、サナギ2gのたんぱく質含有量を基準に、大豆とささみの添加量をそれぞれ0.83g、0.81gとした。この添加量を2倍にするグループと、シルクメイトだけで飼育するグループも観察することにした。
7つのグループには餌に応じて、大豆(多)、大豆(少)、ささみ(多)、ささみ(少)、サナギ(多)、サナギ(少)、プレーンと名をつける。(多)はたんぱく質が2倍量、プレーンはシルクメイトだけを与えるグループだ。
実験の経過と結果
実験の経過
7月5〜7日にかけて、第1実験の卵のほとんどが孵化し、シルクメイト15gに対し1gのたんぱく質添加の餌に食いついた。その後、15gに対し2g添加の餌にも食いついたが、7月12日にはささみグループの6匹が死亡した。同じ12日には第2実験の卵の多くが孵化し、決めていた配合の餌を与え始める。しかし翌13日に、第1実験のカイコの多くに異常が発生した。肛門からフンと一緒に糸を出している。通常カイコが糸を出すのは繭を作る時だけで、それも口から出す。これでは移動が難しくなったり、眠の妨害になったりするおそれがある。
そこで、第2実験のカイコに与えるたんぱく質を減らした。全体に添加するたんぱく質の割合を半分にしたが、それでも後日、口から糸を出すことがわかった。大豆>サナギ>ささみ>プレーンの順に大きな症状が出た。
7月23日になると、第1実験ささみグループの生存個体は5匹まで減った。第2実験のささみ(多)とサナギ(多)の死亡数も多かった。それでも7月31日には第1実験大豆グループの1個体が糸を吐き出しながら上蔟を始め、8月1日にはまぶしのなかに繭を作った。8月6日には第2実験の個体も上蔟を始め、次々と繭を作って8月10日には最初の繭を収穫できた。
第1〜2実験の結果
第1実験ではシルクメイト15gに対し4gのたんぱく質添加まで試したが、ささみグループは最終齢の幼虫にも育たず全滅した。その他の各グループの繭のうち、健常繭(貧弱形成を排除)の大きさや重さの平均を下の表にまとめた。第2実験の途中で大豆(少)とプレーンの8〜9匹ずつを誤って一緒にしてしまったため、大豆(少)とプレーンの繭数は他の半数から収穫したものだ。
糸の強度は、次のように調べた。各グループからなるべく上質な繭を選び、沸騰した湯に繭を沈めてほぐし、1500m近くある糸を巻き取る。巻いた糸から太さが均一な1本をほぐし取り、鍋の直径部分に渡しかけて固定する。糸に暗記用のリングメモをぶら下げ、糸が切れるまで紙の枚数を増やした。結果は上の表のとおり、たんぱく質摂取量の増加で糸が強くなることが確認できた。
カイコにとって動物性より植物性たんぱく質のほうが安全で、効果が高いとわかった。第2実験の大豆(多)の糸は、プレーンの糸より約1.5倍も強い。サナギ(少)の糸も大豆(多)とほぼ同等の強度が確認でき、共食いがよい効果を生んだといえる。ただ、たんぱく質はどれも与えすぎると、特殊な健康被害が出ることもわかった。


[審査員] 木部 剛
クモの遺伝子を導入したカイコに高強度の糸を作らせる取り組みに興味を持ち、糸の強度と餌に含まれるたんぱく質との関係に着目した研究です。餌の種類と量を変えてカイコが出す糸の強度を比較する実験を行いました。その結果、餌が大豆のものは多く生き残り高強度の糸、ささみのものは死亡率が高いが通常強度の糸、サナギのものの生き残りは前者の中間程度で比較的高い強度の糸となりました。これらの結果から適量の植物性たんぱく質の摂取は強い糸の生成に有効であること、自己と同じ組成ではない動物性たんぱく質は消化されにくく生き残りに影響すること、「共食い」の悪影響はみられずかえって生存には好影響だったことなどが明らかになりました。着想から実験に至るまでの流れや、養蚕技術をよく調べ工夫しながら実験を行ったことなどが高く評価されました。カイコの肛門から糸が出るという予想外の現象の解明が次なる課題となりました。今後の展開が楽しみです。


土屋 多恵子
中学校での3年間、長期にわたった研究の共通テーマは「生物の遺伝的要素と環境(後天的作用)では、どちらが優勢か」ということでした。まだ誰もやったことのない実験にこだわり、多様な生物を対象として挑み続けたことで、「遺伝的なものを引き継いで生きる生物(人)は、環境(努力)によって生体能力(未来)を変えられる」というロマンを、科学で少しは実証できたのではないでしょうか。この度の実験では、サンプル採取のためにカイコを多頭飼いし、モニター管理、温度調節やこまめな餌付け作業などを家族みんなで手伝いました。我が家がまるで養蚕場にでもなったかのように、桑の匂いに包まれて過ごしたあの夏が思い出されます。研究を通じてたくさんの方々から激励やご指導を賜り、その宝物のような経験によって、今でも研究への情熱や希望を抱き続けていられることに、心からの感謝と喜びを感じています。