秋山先生メッセージ

 

 小学校高学年にもなると塾通いが盛んになる。当然、それはそれで意義のあることではあるが、少し気になることもある。それは、その努力が彼らの生涯であまり役立っていないという指摘があるからだ。
  たとえば、理科や算数・数学のテストでとても良い点数をとった生徒が、1、2年後全く同じ試験をやってみると、大幅に点数が下がることだ。はたしてこのような学習にどれだけの意義があるのだろうか。
  一方、花巻農学校で若い頃教壇に立っていた宮沢賢治の授業は大分違っていたようだ。畑山博氏の著書“教師宮沢賢治のしごと”によると、賢治の教え子が農学校を卒業して60年も経っても、学校で習ったことを良く覚えていて、『将来の生活でとても役に立った。それは五感を総動員して、ものごとのしくみを学んだからだ』と証言している。
  たとえば“窒素が重要な肥料である”ということを学ぶとしよう。どんな学びも不思議から出発しなければいけないと感じていた賢治先生は、しめ縄を生徒に見せ、『なぜ、こんな形をしたものが神社に奉納されているのか』を考えさせたそうだ。しめ縄は、ギザギザの紙が稲妻を、茎が雨を、縄が雲を表している。雷が落ちると放電作用で窒素が分離され、雨と共に窒素が地中に入る。窒素は肥料なので、作物が育つ。五穀豊穣を祈って、しめ縄が奉納されているのだ。賢治は実際に生徒たちを雷のよく落ちる田んぼに連れて行き、そこで育つ稲の作育状況を、実際各人の目で観て、手で穂を触ってこの事実を実感させたという。
  このように科学の真の学びは、身近な不思議を自分で感じ取り、その謎を観察や実験を繰り返しながら、筋道を立てて自力で解明することである。それが達成できたとき、生徒たちは科学の醍醐味を実感する。そして、それが自信となり、さらなる挑戦につながるものだ。このようなプロセスを辿る学びは、手間ヒマがかかるが、生涯忘れない。また、応用もきく。
 自然科学観察コンクールは、今回遂に記念すべき第50回を迎えた。半世紀という長きにわたり、子供たちの科学する心を応援し続けているこのコンクールは、「身近な不思議を感じ、解明する力」を育む絶好の場であろう。
 本コンクールを通じて、今年もまた一人でも多くの子供たちが、自分でテーマを見つけ、自分で観察、実験プランを立て、不思議を解明する体験を通して、自然科学の真の面白さに目覚めていただけることを切に望む次第である。

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プロフィール

秋山仁(あきやまじん)

理学博士、東海大学教育開発研究所所長、東海大学理学研究科教授、ヨーロッパ科学院会員。

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